〔人物〕昭和9年3月12日、福島県土湯温泉上ノ町の山仕事、製炭業渡辺伝次郎、ハツの八人兄弟の四男に生まれた。福島営林署の委託を受けて林業に従事した。この仕事の関係上、特殊材等にはこけし工人からの需要もあり、徳永慎一、渡辺… 続きを読む
〔人物〕昭和9年3月12日、福島県土湯温泉上ノ町の山仕事、製炭業渡辺伝次郎、ハツの八人兄弟の四男に生まれた。福島営林署の委託を受けて林業に従事した。この仕事の関係上、特殊材等にはこけし工人からの需要もあり、徳永慎一、渡辺… 続きを読む
〔人物〕 昭和3年1月15日、白石市小下倉の農業大庭太平の長女に生まれた。戸籍名はうめ。白石のこけし工人鎌田孝市と結婚した。昭和25年に長女悦子、昭和28年に長男孝志が生まれた。結婚してから時間があるとロクロにあがって新… 続きを読む
〔人物〕 文政8年現在の山形県大蔵村肘折の八鍬熊蔵(二代目の八鍬林蔵)の四男に生まれた。長兄は市蔵で、市蔵が八鍬の家を継いだ。父熊蔵は、若いころ永松鉱山で働き、後に検断(村役人)となって大蔵鉱山に勤めたと言われる。 酉蔵… 続きを読む
〔人物〕明治19年7月1日、山形県東村山郡高瀬村大字下東山、海谷七右衛門、き江の二男に生まる。長兄周蔵、弟七三郎とともに青根の佐藤久吉について修業した。明治36年18歳のとき、志願して山形の歩兵第三二連隊に入隊、その後予… 続きを読む
〔人物〕 明治18年3月20日盛岡に生まれる。明治31年14歳より盛岡の松田清次郎に師事した。煤孫茂吉、坂下権太郎は兄弟子である。師匠の清次郎は明治33年に肺患のため31歳で亡くなった。兄弟子であった煤孫茂吉は清次郎没… 続きを読む
〔人物〕 昭和12年2月1日、福島県土湯の農業渡辺和一の二男に生まれる。 鉄男の生まれた家はみなとやの遠縁にあたり、また西山敬三とも姻戚関係にあった。鉄男は指物師を本業としていた。 昭和48年より、見取り学問で木地を挽き… 続きを読む
〔人物〕昭和13年8月13日、宮城県刈田郡七ヶ宿町字明神前に生まれた。昭和29年中学校を卒業後、小原の本田亀寿について木地を修行した。亀寿の型を作っていたが、昭和41年鹿間時夫の勧めにより鶴松型を復元して一定の成果を出し… 続きを読む
〔人物〕山谷家は青森県温湯鶴泉に移ってきて木地屋を開業し代々太兵衛を名乗っていた。 木村弦三著の〈陸奥のこけし〉で多兵衛と表記されて以来、多兵衛でよく知られているが戸籍表記では太兵衛が正しい。こけし工人で知られる山谷権三… 続きを読む
宮城県名取郡秋保村に明治43年から大正9年まで開校されていた村立の職工学校。指導職種は塗り以外は木地が中心であったため、俗に秋保村立木地学校とも言っていた。 役場の明治44年記事に設立事情に関する記述がある。 「一、職工… 続きを読む
〔人物〕明治34年、秋田県能代市清助町の米屋脇本三十郎の長男として生まれた。幼名幸広。兵隊検査の年に、四代目三十郎の名を継ぐ。木地は初代。大正7年に能代工業講習所挽物科に入学、同9年4月卒業と同時に、同校挽物専攻科に進ん… 続きを読む