カテゴリー別アーカイブ: 研究

みずき会

みずき会は古いこけしのうちで製作年代の特定や、親子・師弟間での作者識別等に比較的問題の多いものをピックアップし、その作例を出来るだけ多く集めて比較研究することを目的として、昭和36年から昭和42年にかけて活動した同人制の… 続きを読む

小田島邦太郎

岩手県稗貫郡湯本村(現花巻市)金矢で農業を営み、郷土人形の製作などを行った人。経歴等詳細は不明であるが戦前に没したという。 昭和13年、花巻の長寿庵から小田島邦太郎名儀のこけしが発売され、〈こけしの微笑〉で金矢こけし作者… 続きを読む

金比羅参り

金刀比羅宮(ことひらぐう)は、香川県仲多度郡琴平町の象頭山中腹に鎮座する神社。金毘羅宮、金比羅宮と書かれる場合もある。 江戸時代後期、伊勢神宮へ参拝する伊勢参りとならんで金刀比羅宮への参詣が庶民の間で流行した。安藤広重の… 続きを読む

渡邉源五郎

土湯の木地屋。山根屋の祖(井桝屋分流といわれる)。こけしを作った渡辺作蔵の養父岩治郎の父が二代目源五郎(明治12年5月16日没、行年不明。常安宗心信士)で、二代目源五郎の父が初代源五郎(天保4年10月5日没、行年不明。寒… 続きを読む

岩松直助文書

岩松直助は、秋田県雄勝郡三梨村出身で、天保の飢饉のころ宮城県宮城郡作並に移り、作並で木地に携わっていた南條徳右衛門より木地技術を修得した木地職人。天保年代より明治初年まで作並で木地を挽きこけしも製作した。 岩松直助文書は… 続きを読む

加山道之助

大正期に、こけしを集めた横浜の蒐集家。橋田素山と並んで極初期の玩具蒐集家である。 こけしも古いものを多く集めていたがその殆どを関東大震災で焼失した。 昭和14年に稲垣武雄におくられた二尺の飯坂古品は有名〈こけし手帖・45… 続きを読む

みやぎ蔵王こけし館

 みやぎ蔵王こけし館は、宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉新地字西裏山36-135にあり、正式名称を「蔵王町伝統産業会館」という。 「伝統工芸品に関する技術技法の保存・研修・実演指導、宮城県内に有する伝統的工芸品の展示を筆頭に… 続きを読む

水引手

御所人形で前髪を水引で結んだ頭部模様を描いたものを「水引手(みずひきて)」と呼んでいる。この様式をこけしの前髪として描いたものに対しても、「水引手の描法」「水引を加えた前髪」などと表現する。 水引(みずひき)は元来、祝儀… 続きを読む

手絡

手絡(てがら)は日本髪を結う際に、髷に巻きつけるなどして飾る布のことを言う。あるいは髷かけとも言う。髪型のお煙草盆(髷の間にかける)、桃割れ(髷の中に入れ込み下部を割って見せる)、唐人髷(髷の中に入れ込み上下を割ってみせ… 続きを読む

かせ

漢字表記は「綛」。本来の意味は、紡いだ糸を取り扱いに便利なよう、一定の大きさの枠に一定量巻いて束にしたもの。その束を一綛、二綛と数えた。綿糸の場合、一綛は約768メートル。 こけしで「かせ」という場合は、土湯系のこけしの… 続きを読む