カテゴリー別アーカイブ: 木地業

北岡木工所

宮城県遠刈田温泉の木地商北岡仙吉が開設した木地工場。 北岡仙吉 橘文策撮影 北岡仙吉は明治16年5月17日の生まれで、父は北岡仙太郎。明治38年は凶作で、湯治客も減少し、遠刈田地方は疲弊したが、明治40年峨々温泉から来た… 続きを読む

稲子木地講習会

宮城県当局の後援、補助金により、大正7、8年の冬期間二回にわたり宮城県刈田郡七ケ宿村大字湯ノ原字稲子で開かれた木地講習会、講師は遠刈田新地の佐藤松之進。受講者一二名。上の佐藤豊七郎の小屋にロクロを取りつけ、遠刈田で挽く木… 続きを読む

木地細工製作寸法帳

宮城県当局の後援、補助金により、大正7、8年の冬期間二回にわたり宮城県刈田郡七ケ宿村大字湯ノ原字稲子で木地講習会が開催された。講師は遠刈田新地の佐藤松之進であった。 受講者は、大葉与一郎、大葉亀之進、佐藤豊七郎、熱海嘉兵… 続きを読む

金比羅参り

金刀比羅宮(ことひらぐう)は、香川県仲多度郡琴平町の象頭山中腹に鎮座する神社。金毘羅宮、金比羅宮と書かれる場合もある。 江戸時代後期、伊勢神宮へ参拝する伊勢参りとならんで金刀比羅宮への参詣が庶民の間で流行した。安藤広重の… 続きを読む

渡邉源五郎

土湯の木地屋。山根屋の祖(井桝屋分流といわれる)。こけしを作った渡辺作蔵の養父岩治郎の父が二代目源五郎(明治12年5月16日没、行年不明。常安宗心信士)で、二代目源五郎の父が初代源五郎(天保4年10月5日没、行年不明。寒… 続きを読む

岩松直助文書

岩松直助は、秋田県雄勝郡三梨村出身で、天保の飢饉のころ宮城県宮城郡作並に移り、作並で木地に携わっていた南條徳右衛門より木地技術を修得した木地職人。天保年代より明治初年まで作並で木地を挽きこけしも製作した。 岩松直助文書は… 続きを読む

島津勝治

大正年間に青森県浅虫温泉で木工所を経営していた人物。島津勝治自身の経歴や消息ははっきりしない。 島津勝治の工場では、鳴子から来た大沼熊治郎(大正5年ころ)、大沼甚五郎(大正2年)、伊藤松三郎(大正2年)、花巻から来た佐藤… 続きを読む

高橋詣治

宮城県遠刈田で修業した木地職人。所謂こけし作者ではない。 明治37年12月19日、高橋勇助・はるの二男として、宮城県柴田郡大河原町字福田に生まれた。明治42年6歳のとき白石町に移り、白石第一小学校を卒業後、大正7年15歳… 続きを読む

木村弦三

きむらげんぞう 戸籍名は木村哲也。木村源蔵あるいは弦三の筆名を用い、こけし界では木村弦三として広く知られる。 津軽系こけしの復興に貢献した青森県弘前市のこけし研究家・蒐集家。 温湯、大鰐を中心に津軽地方の木地師たちにこけ… 続きを読む

沢口悟一

大正から昭和にかけて活躍した鳴子出身の漆工芸研究家。 明治15年3月19日、宮城県玉造郡鳴子に生まれる。父は鳴子漆器改良組合長であった沢口吾左衛門。東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業。東京工業試験所に所員として務めた… 続きを読む