我妻庄三郎

遠刈田のこけし工人我妻信雄の父。 明治30年12月30日、宮城県刈田郡遠刈田の我妻庄吉の二男に生まれた。父は篭山金山の人夫頭で後 に旅館を経営した。大正6年吉田峻治の木工所で行なわれた宮城県主催の木地講習会の受講者の一人… 続きを読む

鎌田うめ子

〔人物〕 昭和3年1月15日、白石市小下倉の農業大庭太平の長女に生まれた。戸籍名はうめ。白石のこけし工人鎌田孝市と結婚した。昭和25年に長女悦子、昭和28年に長男孝志が生まれた。結婚してから時間があるとロクロにあがって新… 続きを読む

石川清志

〔人物〕明治42年2月28日、岩手県和賀郡沢内村大野の農業石川宮蔵(昭和19年没、75歳)、アサノの三男に生まれた。大正11年に一家で川崎市へ出稼ぎに出て、父母は富士紡績㈱に勤めたが、翌12年に母アサノが44歳で亡くなっ… 続きを読む

小椋久四郎

〔人物〕明治11年7月19日、秋田県雄勝郡皆瀬村川向二五六の木地業小椋徳右衛門・マサの四男に生まる。母マサは小椋勇右衛門の妹である。亀治、庄太郎、米蔵は兄、石蔵は弟である。姉カネは塗師小野寺梅太郎の嫁となった。木地は父徳… 続きを読む

小野寺重一

〔人物〕明治41年11月25日、秋田県雄勝郡大館の小野寺忠次郎の長男に生まれた。元来塗り物の下木地を挽いていたが、小椋啓太郎に依頼されて、戦前より啓太郎のこけしの描彩を行っていた。戦後は啓太郎のこけしの描彩は小野寺岩蔵が… 続きを読む

小幡初子

〔人物〕昭和3年3月6日福島県福島市置賜町58-5の小幡福松、チヨの長女として生まれた。戸籍表記はハツ子。父福松のこけしの描彩者である。昭和16年春頃より描彩を始め、昭和17年10月東京麻布のこけし店たつみで頒布した 小… 続きを読む

小椋正吾

〔人物〕昭和9年4月20日、秋田県雄勝郡稲川町大館の小椋正治、シエノの三男に生まれる。父の正治は久四郎の兄庄太郎二男であるが、明治32年に一家で川連大舘に移った。母のシエノは久四郎の長女である。正吾は父の正治について木地… 続きを読む

小椋利亮

〔人物〕昭和30年12月22日、秋田県雄勝郡皆瀬村川向(通称木地山)の小椋宏一、リヨの長男に生まれた。祖父小椋久太郎に可愛がられ、幼い頃から木地挽きの手ほどきを久太郎から受けた。幼い利亮を久太郎が手をとるように教えている… 続きを読む

小椋宏一

〔人物〕  昭和6年1月20日、秋田県皆瀬村川向(木地山)の小椋久太郎・ミヨの長男に生まれる。昭和19年小学校卒業後、父久太郎のもとで木地の手伝いを行った。昭和26年より本格的に木地の修業を開始、久太郎のこけし… 続きを読む

佐藤嘉吉

慶応元年11月28日、福島県信夫郡土湯の米穀商加藤屋佐藤兵吉、ナミの次男に生まれる。佐藤俊昭の祖父茂作は長兄。佐藤兵吉は岩城屋旅館佐久間弥治右衛門三男で、加藤屋佐藤松五郎長女ナミと結婚して養子となった。 明治18年、膽澤… 続きを読む